美容室からのご提案
その最大の理由は、これまで報告されている科学的実験データ、すなわち幾多の科学論文の成果から通常得られる、常識的な範囲の考察を完全に突き破り、非常識なまでに「脱線」しているからである。
本稿は科学書ではなく科学エッセイに他ならないし、むしろ科学を題材にした思考実験だ。
真っ当な科学者からすれば「勇み足」のように思えるかもしれない。
その意味では本稿は、現役の研究者を対象に書かれたものではなく、またDNAやRNAにすでに相当程度詳しい読者諸賢にとっては、至極退屈であるかもしれない。
事実、「DNAはRNAのバックアップコピー」という考え方は私のオリジナルではない。
「バックアップコピー」という言葉こそ用いられないけれども、DNAが、かつてRNAワールドからDNAワールドへと変化する過程において、RNAが本来担っていた「遺伝子の維持」を任された、より安定な分子であるという概念は、すでに研究者の間では広く考えられているものであるし新たな学説の提示というわけではない。
むしろ、DNAも酵素になり得るというデータさえある(デオキシリボザイムと呼ばれている。
単に、考え方を変えてみようという程度の提案に過ぎないのであって、従って、この提案を受け入れようが受け入れまいが、それは一向に構わないのだ。
ただ、科学の方向性、あるいは科学者ならびに一般社会の考え方の方向性に対する一つの可能性の提示である。
「DNAはRNAのバックアップコピー」という概念を、現在の生命システムにまで大きく拡げた主張は、おそらくこれが最初であろう。
科学は常にフレキシブルに、常に様々な可能性にアンテナを向けなければならない。
本文で繰り返し述べてきたように、DNAをめぐる社会の動向は、どうも完全に、DNAに依存した状態に固まりつつあるように思えてならない。
たとえばRNAの生命現象をつかさどる物質としての重要性は、科学者の問では完全に理解されているが、これが人口に檜炎されていないという現状は、生命科学が極めて重要な政治課題になっていくであろう二十一世紀にとって、必ずしもよい結果をもたらさない。
ただ、『D』の著者で社会学者のNらは、その結論として、「遺伝子が個々の人間を定義づけ、人間の未来を決めるのに必要かつ不可欠な存在になった経緯を詳述し、大衆文化の中の遺伝子は、その力の一部を科学から得てはいるものの、科学的データに縛られることはない、ということを示した。
文化の聖像として、遺伝子の意味は大衆の期待や、社会の緊張や、政治問題などを鏡のように写し出しているのである」と述べた。
おそらくNらの主張通り、たとえ科学的データとしてRNAが力を増してきたとしても、大衆文化の一つとなった「DNA」を、生物学という本来の「殻」の中に閉じ込めることは難しいだろうし、もしかしたら永久に不可能かもしれない。
だがそれはそれとして、あくまでも生物的なDNAとの境目は明確に示しておく必要があるし、それは科学者の務めでもあろうと思う。
それゆえに私は、新しい生命観の構築という目的を掲げ、敢えて「DNA」という分子生物学ならびに大衆文化の牙城に挑戦しようとしたのである。
現在、分子生物学の世界におけるRNA研究は勢いを増し、「RNAルネッサンス」とも呼ばれる、その呼び方から容易に想像がつくように大きな転換点を迎えている。
動機はどうであれ、とりわけてRNAの専門家というわけではない私のような者が本稿を書いた背景には、今後大いに発展するであろうRNA研究を、俯瞰的、あるいは思想的な立場から後押しした上で、RNA、ひいては生命科学研究に身を投じようという優秀な若者の参入を促進したいという思いもあった。
若く柔軟な頭脳の研究現場における必要性は、私自身もよく知悉しているつもりだ。
大学で理科教員養成に携わる身として、ぜひとも心に留め置かなければならない事柄なのである。
RNAに関しては、人類もまた無知である。
いや生物の仕組み、生命現象の真の姿についても、まだまだ無知なのだ。
そうした無知さ加減が、もしかするとメンデルがなしたような偉大な発見を経て、科学を大きく前進させはしまいか。
そうした希望が、これからの生命科学にはなくてはならない。
その目的を達成するためには、「脱線」も有意義なのではないか、そう思う次第なのである。
Mie編集長の「最先端の研究によって常識と固定観念を覆すということこそ、我々がいつも求めていることだ」という言葉によって確定的となり、成立した次第。
いつものことながら、原稿の第一読者は妻・Zであった。
問題は、この基準が一人前の胸部外科医を育てるのに適した基準であるかどうかだ。
アメリカの認定医制度と比較してみよう。
アメリカでは、二年以上の研修が義務づけられ、年間一〇〇例以上の手術を「術者」として、指導医の監督下におこなうこととされている。
これを、日本の点数制にあてはめると、年間最低七五〇点以上の手術を術者としてこなさなければならず、同じ認定医といっても、四倍ちかい症例数を要求するきびしい基準となっていることがわかる。
しかもその実態はといえば、それ以上の開きがある。
たとえば、一九九四年の心臓大血管を専門とする受験者の平均術者症例数は一九例であった。
どうしてこのようなことが起こるのか。
それは、日本の制度では、術者でなくても第一助手として手術につけば、術者の半分の点数が認められていることによる。
たとえば、七〇例の冠状動脈バイパス術を第一助手としておこない、それに肺や食道の手術に数例つけば、たとえ術者経験が皆無でも、認定医試験の受験資格ができることになる。
私か試験をうけ認定医になった一九九四年には、各教授の指導のもと、アメリカにおいて約一八〇例の術者としての執刀経験があったが、当時、基本的な冠状動脈バイパス術や弁置換、心室中隔欠損症の手術は一人でできる自信はあっても、ロス手術やノーウッド手術などをおこなう自信はまだなかった。
もちろん、認定医となる資格としてこのような困難な手術ができることは要求されないだろうが、しかしおそらく、平均症例数一九例では、ほとんどの受験者が、自分一人で基本的な手術をする自信などまったく持てないまま、認定医になっているのではないかと思う。
このようなことが起こる理由を解きあかすには、必要数以上の胸部外科医を認定せざるをえない日本の特殊事情についてふれる必要かおるだろう。
それは、一言でいえば、心臓外科医とともに働く看護婦やほかのパラメディカルスタッフの数が、他国に比べて日本では極端に少ないということだ。
たとえば医師一人あたりの看護婦数でいえば、北米で三・八七人、ヨーロッパで五・五三人であるのに比し、日本ではT四九人と、欧米の半数以下にすぎない。
すなわち、外科医という肩書をもっか者の多くが、本来の仕事以外の雑用を負担することによって、ようやく現在の日本の心臓外科をとりまく医療が成り立っていると言ってもよい。
六年間の医学教育に加え、数年の一般外科のトレーニングを終えた医師たちが、多くの雑用をかかえながら修練を積もうとしているとき、「君は執刀症例数が少なすぎるから認定医として認めない」とはなかなか言えないのが、日本の現状といってよいだろう。
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